【占いメモ】占いについての長文お気持ち表明

おはようございます、わかばです。
ここ一、二年、まともにブログを更新できていないのですが、それでも覗きに来てくださる方がいらっしゃるようで、本当にありがたい限りです。耳障りのいい言葉ばかりではありませんが、ぜひ暇つぶしに読みにきてくださいね。
さて、以前と比べれば見えない世界から若干遠いところにいる私ですが、興味が薄れたわけではありません。占いに関しては、負担にならない程度に目を通しています。
そこで思うのが、最近のカードリーダーさんたちは本当にセンスがいいなぁということ。ジャンルは違いますが、自己啓発も同じですね。みんな、本当にいきいきしています。もしくは、そう見せるのが上手なのかもしれません。
この手の分野に詳しい方ならご存知かと思いますが、ひと昔前って怪しいのが良しとされていたじゃないですか。
良しというよりは、当たり前といった方が正しいかな。突飛であればあるほど注目されたし、胡散臭いのがデフォルトだった。むしろ洗練された姿だと、「世俗に染まった低次元の人間」として扱われることが多かったと記憶しています。言い出したやつ、絶対モテへんやろ。
今の界隈を盛り立てている方たちはまるっきり正反対で、一に清潔感、二に親しみやすさ、三にお客様(視聴者)への配慮といった具合です。グッズの展開にしても、一目で見てスピ系の物と分かるものは少ない。一歩踏み出せば、ポップで馴染みやすい、いうなればホワイトな世界が広がっています。
私はこれ、めちゃくちゃいいことだと思っていまして。
中には、軽々しく取り上げられるのを好まない方もいらっしゃるかもしれませんが、本来占いはこうあるべきなのではないかと思います。個人的な願いとして、受け手にはフラットな姿勢で選択してほしい。前向きなビジョンのために占いを使って頂きたいのです。
(もちろん、占者は勉学に励むことを前提として書いています)

まあ、そうはいっても占いは占い。蓋を開けて中身を取り出したところで、影はなくなりません。脅迫じみていたり、詐欺まがいの鑑定スタイルを貫く人はいるだろうし、インチキだと言う外部の声も止むことはない。前者にはなるべく早く滅んで頂きたいところですが、後者は捉え方・価値観の違いです。異なる意見を持つ人の考え方を変えることはできません。
私個人の意見としては、あくまで占いはツール。生活のクオリティを高くするために使うものであり、未来を決定づけるものではありません。扱いとしては、パーソナルカラー診断やストレングスファインダーに近いかな。
(※科学的根拠の話じゃないよ)
役に立つのなら使えばいいし、立たないのなら使用を止めればいい。自分には合っていない、やっぱり占いはインチキだ!それでいいと思います。本当に。
科学ではない以上、どうしても胡散臭さは拭いきれませんが、どうせならクリーンな世界であってほしい。明るいアンダーグラウンドであってくれ!(圧倒的矛と盾)と願う私にとって、最近のセンスのいい、優しい占い師さんたちは希望の星なのです。
【占いメモ】自分の太陽星座が気に食わねぇ。そんな時は……。

こんにちは、わかばです。
最近、色んなところをふらふらと旅しておりまして(あ、仕事はちゃんと続けてますよ)、旅行は刺激がもらえるし、ついでに癒されるから大好き!なはずだったのですが……。
街に繰り出しては「都会ってどこも一緒やな」、観光地に行っては「自然豊かといえど、人多すぎるわ」、少し奮発しても「船旅って無理や。寝れんし」。
自分にとって大切な人たちに会っても、なーんか気分が上がらなくてですね。
あかん。私、本気で疲れてしまっている。
そうとなれば、今すぐ巣ごもり生活を始めよう。というわけで、お菓子片手にNetflixやU-NEXTを見漁る日々が続いているのですが、これがまた楽しいのですよ。ちょっと聞いてくださる?
推しってやっぱりいいですよね……!
ちなみに、華流ドラマの中では傑作扱いされることの多い「陳情令」ですが、私はそこまで評価はしておりません。もちろん、駄作ではないけれども。
作品についてはさておき、推しの一人である↑の王一博さんですね。彼、獅子座生まれなんですよ。
何を唐突に、と思われた方に説明をいたしますと、私の太陽星座は獅子座なのです。そして、そのことを私自身はあまり快く思っていませんでした。
(過去形です。地味に大事なとこ)
自らの本心と目指すべき姿(太陽星座)の間で葛藤する中、颯爽と現れた彼。多くの獅子座芸能人がそうであるように、彼もまた、自身が獅子座生まれであることを誇りに思っている様子です。勢い余ってシャネルのアンバサダーになっちゃうくらい。
(ココ・シャネルは自身が獅子座生まれであることを重要視しておりました)
それを見て、ふと思ったんですね。ああ、獅子座を好きになれそうだなって。
……今、チョロい女だと思ったでしょ。確かに単純ですよね。でも、「好き」の力って強いです。それだけで「嫌い」を裏返す力を持っていますから。
私のように好きとまではいかないまでも、例えば尊敬の念だとか、親しみやすさを感じる偉人、芸能人っていらっしゃいますよね。あなたが自身の太陽星座を嫌っているのなら、彼らの力を借りましょう。
手っ取り早い方法として、自分の誕生日で検索をかけるのがおすすめです。ミュージシャン、映画監督、学者、経営者……。一人くらいは絶対に有名な方がヒットしますから。私たちは彼らと同じ日に生まれたのです。ね、すごいでしょ。あの○○さんと同じなんだぜ?
もちろん、同じネイタルではない場合がほとんどでしょう。同じ太陽星座といえど、ハウスの位置やアスペクトによって、個々の性質は大きく異なってきます。
だけど、同じ日に生まれた方がこんなにもすてきな影響を人類に与えているのです。そして、世界には自分と同じ誕生日、同じ太陽星座の方が数えきれないほど沢山おり、自分と同じように、日々を懸命に生きています。
そう思うと、少しは自分の太陽星座を好きになれそうな気がしませんか。
※ちなみに我が母上は、オードリー・ヘップバーンや工藤新一と誕生日が一緒なのですが、自称:恐ろしいほど知的な美女です。
彼女いわく、「見た目はババア、頭脳は子ども!」とのこと。
お母様、それは何も手に入れてないのと同じなのでは……?
【占いメモ】風の時代へのあれこれ

あけましておめでとうございます(遅)
というわけで、こんばんは。わかばです。
久々の更新ですね。もうブログの書き方忘れちゃったよ。最近はもっぱら仕事と私生活の波に飲まれています。
星読みからも大分距離ができちゃって、「え!?天秤座の満月?しかも月食ですって?わーお、いつの間に?」みたいなね……。これじゃ占い師(仮)どころか見習いも名乗れないわ。
基本のキからやり直しです。
前回にも書いた通り、色々と思うことがありまして、副業の方もお休みしていることだし、もうブログの方は書かなくてもいいかなぁと放置していたのですが、どうしても残しておきたいことがあったのでパソコンを開きました。必要な人に届けばそれでよし!ということにしておきましょう。
さて、本題。先ほどYouTubeのショートで興味深いものがありましてね、バンクシーさんが雇った俳優に路上で自分の絵を売らせる、といった内容だったのですが……。
(バンクシー?誰?という方はこちらから↓時間がないので、Wikipediaさんで勘弁してください)
まあ、結果は予想通りなんですよ。知らん人が声をかける分には一つも売れなかったのに、作者本人がネタばらしした途端、作品の価格がウン千万につり上がりましたっていう。
面白いのはコメントの方で、確か、
「最近の芸術は『作品に対して人がどう思うか、どう扱うか』に重きを置いていて、目で見てすぐに分かるような優秀な作品を作ろうとする人はいなくなった。」
というニュアンスのコメントがあったんですよ。で、それに対して、「『誰が』作ったのかが大事なんだよね」という反応が返ってきてて、まあ風の時代的なやりとりだな、と思ったのです。
もともと芸術は「誰が」に焦点を置きやすい分野ではありますが、「最近の芸術は~」にもう一度着目してみてください。モノ→人への流れが書かれています。目の前のカタチの美しさだけではなく、その美しさを通して作り手の思い、あるいは作り手自身の人柄を見ている。
作り手の思い、自身の人柄=独自性です。

もちろん、今までもそういう見方はあったでしょうが、今後はこちらがメインになるでしょうね。
バンクシーが描いた、バンクシーの絵だからこそ価値がある。今後、優秀な作品ーー。もっといえば技術を前面に押し出した作品を作る人がいなくなる、とまではいいません。ただ、少なくなるでしょうね。だって、AIが一瞬で描いちゃうんだもの。
分かりにくくて申し訳ないのですが、技術を習得することが無駄だと言いたいわけではないのです。技術は高ければ高いほどいいに決まってる。プラスその人の個性が強く出ていることが重要だと捉えてもらえれば間違いないかと。
当たり前の面白みのない内容ですが、シンプルに書きたいなと思ったので少しだけ。
それでは、解散!
別に星読みとかは関係なく、才能や燃えるような使命を持つ人には生きやすい時代。流されるまま、なんとなく生きている人には生きにくい時代になってきたなと常々感じております。
「風の時代」というけれども、どんな時代が生きやすいかは人それぞれよね、って話で。